「ドリーム」

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 時は1960年初頭、アメリカとソ連が宇宙進出をかけてしのぎをけずるなか、まだコンピュータが使いものにならぬ時代ゆえ、宇宙ロケットを打ち上げるために必要な膨大な計算を処理するための、NASAは優秀な人材をほっしていた。
 そうしたなか注目されたのが数学の天才である黒人女性3人。彼女たちは差別にもめげず、その才能を武器に、無理解な周囲に存在を認めさせ成功を手にしていく。その様子を描いた映画。
 いかにもアカデミー賞ねらいの感動的な内容で、とくに欠点も見当たらないのだがしかし、ここまで完璧に作られると、逆にケチをつけたくなるのが人情というもので、なんというか、こんなトントン拍子にうまくいく話がそうそうあるもんか、と観ながら思っていた。(実話ベースの話なんだけどね)
 というか私のように物語世界に没入してしまうようなタイプには、こうした映画は実に危険だ。努力すればかならず道はひらける、成功できる。みたいな、そうした過度な希望を植えつけられてしまいそうで。
 しかし現実にはいくら努力しても報われない人というのが大半であって、この映画の主人公たちのように成功できるのは、ほんの一握りにすぎない。そしてなにより注意すべき点は、主人公三人は、いずれもが数学の天才、生まれついての選ばれた人間であるということで、その他多くの凡人たちからすれば、そもそもの出目が違う。
 でも意外とこの映画を観てるとそうした部分をわすれてしまう。(普通の人にすぎない)わたしもがんばればできる! と無駄な希望を抱かせるような作りになっている、ような気がする。だから勘違いしてしまう人がいるんじゃないかと、いらぬ心配をしてしまう。
 実際、この映画に影響されて、あれだけ努力したのにどうして報われないの? とか文句を言う人がその後出て来るような気がする。いったん夢を見させられてから、非情な現実に引き戻されると、受ける精神ダメージはことのほか大きいですからね。それなら最初から夢なんて見させないでよ、とか、そう言いたくもなるだろうし。最悪の場合、世間を逆恨みして犯罪にはしってしまう人だっているかもしれない。
 そうした意味で、罪作りな映画だな、と思ったしだい。

 と、ネガティブなことを書いてしまったけれど。そんなひねくれた者のたわごとを抜きにして、一本の映画としてみれば、これは実によくできた映画であるのは間違いない。
 ストーリー、演出、俳優の演技、カメラワーク、どれもが完璧で欠点が見当たらない。それはきちんと言及しておかねばならないだろう。

 それと気になったのは、これもまた結局アメリカ万歳な映画だったなということ。観るものをアメリカ好きに洗脳させるというか、いろいろと問題もあるけどアメリカって言論の自由がゆるされたいい国だねっ、と思わされてしまう。そんなプロパガンダ的な側面をもった映画であるということを念頭において鑑賞したほうがいい気がする。